いま西金沢エリアを走る鉄道は、IRいしかわ鉄道と北陸鉄道石川線の2本です。でもかつては、もう1本ありました。松金線(まつきんせん)です。

馬車鉄道からはじまった

松金線のはじまりは 1904年(明治37年)11月1日。松金馬車鉄道が松任町〜有松間で開業しました。その名のとおり、最初は馬が客車を引く鉄道です。翌 1905年11月22日 には有松〜野町間が開業し、金沢側とつながりました。

1914年に松金電車鉄道へ改称、1916年(大正5年)3月13日に改軌・電化。1942年には統合により北陸鉄道の路線となります。

戦争が線路を半分奪った

転機は戦時中でした。1944年(昭和19年)4月18日、野々市〜野町間が廃止されます。理由は資材供出。金沢市内線を延長するために、松金線のレールが引きはがされたのです。

残った松任〜野々市間も長くは続きませんでした。1955年(昭和30年)11月15日、5.2キロの区間が廃止され、松金線は全線が姿を消します。北陸鉄道の他の路線の多くが1960年代後半から順に廃止されていったことを考えると、松金線の廃止はかなり早いものでした。

「押野丸木駅」という駅があった

松金線には、このエリアに 米泉駅・押野丸木駅・野々市駅・野々市西口駅 がありました。

このうち 押野丸木(おしのまるき)駅 は、1944年の部分廃止で消えています。いまの地名にこの名前は残っていません。押野を歩いていても、そこに駅があったと気づくことはまずないでしょう。

なお、松金線が野町でつながっていた北陸鉄道金沢市内線(青い車体から「青電車」と呼ばれた路面電車)も、1967年(昭和42年)に全線廃止となりました。西金沢から乗り継いだ先にあった風景も、いまはもうありません。

この記事は文献にもとづくものです。廃線跡が現在どうなっているかは現地で確認していません。歩いて確かめたら、あらためて書き足します。

参考